精神と物質のあいだ

哲学系ブログ。あたりまえの中にあるあたりまえじゃなさについて書いています。

私はどこにいるのか

お風呂に入るとき、意識もお風呂の中にあるのか。笑

私たちが見ているものは光。光の刺激で像が結ばれる。
でも、どこに結ばれる?頭の中?
外を見ているようで、結局頭の中を見ているのか?

何が、どこに生きてるんだろう?

奇跡を感じるということ -テレビでクリスチャンを見て-

テレビに自分の娘が大火傷して絶望して、教会行ったらきれいに治ったから奇跡だと感じて、神様がいると感じて、クリスチャンになった、って人が出てた。(分かりにくい書き方でスミマセン…)

「奇跡だと感じる」
ここが自分じゃ選べない。娘が火傷したからって教会に行く人も少ないだろうし、治っても医療の力だって思う人の方が多いだろうし。そういった意味で「彼は神に選ばれた人だ」と思った。
でもこれ言うと、不信仰も神に選ばれた結果ってことだから、結局何を言ったことにもならない。笑

全ての出来事が1回きりということを考えれば、全ては奇跡だし、ただの偶然でもある。
それでも何かを奇跡だと感じられるということ。私には信仰心はないけど、そのこと自体が奇跡だと感じる。

私と全て

私が全てを知ることはできないけれど、全てが存在することを知っている。その全てに私が含まれていることも。