精神と物質のあいだ

哲学系ブログ。あたりまえの中にあるあたりまえじゃなさについて書いています。

奇跡を感じるということ -テレビでクリスチャンを見て-

テレビに自分の娘が大火傷して絶望して、教会行ったらきれいに治ったから奇跡だと感じて、神様がいると感じて、クリスチャンになった、って人が出てた。(分かりにくい書き方でスミマセン…)

「奇跡だと感じる」
ここが自分じゃ選べない。娘が火傷したからって教会に行く人も少ないだろうし、治っても医療の力だって思う人の方が多いだろうし。そういった意味で「彼は神に選ばれた人だ」と思った。
でもこれ言うと、不信仰も神に選ばれた結果ってことだから、結局何を言ったことにもならない。笑

全ての出来事が1回きりということを考えれば、全ては奇跡だし、ただの偶然でもある。
それでも何かを奇跡だと感じられるということ。私には信仰心はないけど、そのこと自体が奇跡だと感じる。

私と全て

私が全てを知ることはできないけれど、全てが存在することを知っている。その全てに私が含まれていることも。

ニコデモ

ニコデモのことを「分かってない」とか「会話がかみ合ってない」とか笑う恥知らず

ヨハネによる福音書 第3章