精神と物質のあいだ

哲学系ブログ。あたりまえの中にあるあたりまえじゃなさについて書いています。

私はいない①


こんにちは。ナナコです。

今回は
「私はいない」
ということについて書いていこうと
思います。

 

このことは
自分に関するあれこれが
消えてなくなる話ではなくて、
一般的に「現実」と思われているものに
「実は、こんな側面がありましたよ!」
という話なのです。

まず「自分」の不確かさから
書いていこうと思います。

もともと自分の体は
「自分の」体と言いつつも、
勝手に動いているところが
意外と多いのです。

脳、心臓、消化器、呼吸器系はもちろん
爪、毛は自分で伸ばせませんし、
目を開けてれば
勝手に物が見えちゃいますし、
耳や鼻も、何かで塞がない限り、
勝手に音が聞こえたり、
においを感じたりします。

よく
「風邪を自力で治した」
と言いますが
軽い風邪すら自力じゃ治せないです。
免疫系が治しています。

死ぬと体はどんどん腐っていきますが
裏を返すと
自分の知らないところで
かなりの勢いで現状維持の活動が
行われている、ということです。

では、自分で動かせる手足などは
どうでしょうか。

もちろん手足などは
自分の意思で思い通りに動かせます。

でもある意味
動かせない、とも言えるんです。

突然ですが
手でチョキを作ってみてください。

作ってみてから続きをどうぞ。



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私はいない②