精神と物質のあいだ

哲学系ブログ。あたりまえの中にあるあたりまえじゃなさについて書いています。

ありのままじゃイヤ


こんにちは。ナナコです。

今回は「ありのまま」について
書いてみようと思います。

 

「ありのまま」の意味を改めて
調べておこうと思い、
スマホでYahoo検索したら、
画面がアナ雪仕様になりました。笑
新作の短編が公開されたようですが、
まだまだ前作も人気なんですね~


アナ雪、「Let it go ~ありのままで~」
が大ヒットしたのは
普段我慢して周りに合わせていたり、
自分のしたいことができなかったりで、

「ありのままになりたい…」

という方たちが多く、
多くの共感を呼んだ、ということが
理由の1つだと思います。


「ありのままになりたい…」といいますが
どういう自分がありのままの自分なのか、
真剣に考えると、案外難しいものが
あります。

その場その場で「ありのまま」と感じる
状態は違いますし。。

人それぞれでしょうが、
「リラックスしているときの自分」
「他人に遠慮をしない自分」

などが、ありのままの自分のイメージ
としてあるかもしれません。


と、ここまで書きましたが、
この世にありのままの自分じゃない人は
いない、とも言えます。

辞書によると「ありのまま」とは

「実際にあったとおり。事実のまま。
ありてい。」
(「コトバンク 」より)

だそうです。


つまり、
我慢して周りに合わせていたり、
自分のしたいことができなかったりで、

「ありのままになりたい…」

と思う自分が「ありのまま」の自分、
ということです。


「なろう」とか「なりたい」と
思っている、という面から見ると

「リラックスしているときの自分」
「他人に遠慮をしない自分」等

は「理想の自分」であり、
逆に、ありのままの自分ではありません…

が、

「リラックスしているときの自分」
「他人に遠慮をしない自分」等
に「なろう」「なりたい」と思う自分が、
ありのままの自分です。


映画でのエルサは、

「隠し続けてきたものをもう隠さない!」

と、ありのままの自分に「なった」
ように見えますが、

「とまどい 傷つき
誰にも 打ち明けずに 悩んでた」

のもありのままで、

「それももう やめよう」

と思ったのもありのままで、

「ありのままの 姿見せるのよ
ありのままの 自分になるの」

と思ったのもありのまま

ということになります。


しかしドラマ感が消えますね(^-^;

人によってはやっぱり、
こういう「ありのまま」は
嫌かもしれません。。