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精神と物質のあいだ

哲学系ブログ。あたりまえの中にあるあたりまえじゃなさについて書いています。

私は人形になりたい


こんにちは。ナナコです。

今回はヴァニラ さん
(リンク先はオフィシャルブログ)
についてをメインに、
「自分」のあやふやさについて
書いてみようと思います。

 

 

超整形美人

超整形美人

 


 何気なく手にした彼女の本…
おでこの手術のインパクトが
凄すぎて忘れられません(x_x;)


彼女は

醜形恐怖
「整形依存症」

とよく言われるようですが、
ここまで極端だと
それらとはまたちょっと別のように
思います。

醜形恐怖」とはその名のとおり、
「自身の肉体的な欠陥」
(「wikipedia 」より)

を考えてしまうものですが、
彼女の発言を見ると

(「整形してよかったことは?」の
問いに対し)

「自分に自信が持てることですね。(略)
堂々としていられるってことが
一番うれしかったです。」
(「NAVERまとめ 」より)

とあり、
ご自身の美しさについては
既にある程度自信を
持っていらっしゃるようです。

そもそも「醜形恐怖」だったら
テレビやイベントに出られないような…?

 

何より、彼女が目指しているのは
「美人」ではなく
「フランス人形」だということ。

「人間レベルじゃ嫌」
(「NAVERまとめ 」より)

「人間じゃなくなりたい。」
「人間越えたいんですよ。」
(「YouTube 」より)

という発言もあるので、

「フランス人形のように
美しい人になりたい」

という比喩で使われているのでは
なさそうです。


彼女は多分、自分の体を素材に
フランス人形の美を再現しようと
されている
人形作家に近い方なのだと思います。

「カスタム」(彼女は整形をこう言います。)
を繰り返すのも道理で、
ダイエットやメイクなどをすれば、
「美人」にはなれますが、
それだけでは
「フランス人形」の美とはほど遠い…


自分の体を物として見ている。

気味悪く感じるかもしれませんが、
これはみんな経験している、
ごく当たり前の感覚です。


大きな怪我や病気をした時など

「自分の体なのに、
思い通りに動かせない…」

と辛く思ったことはありませんか?

もしくは

「自分の体を大切にしよう。」

と思ったりとか。


「『自分の』体なのに」
「『自分の』体を」

これらは
体を自分の所有物として見た時の
言い方です。


でもまぁなんとなく普段は
怪我したら痛いのは自分だし、
「かわいい」とか「かっこいい」とか
見た目誉められたら嬉しいし、

「自分の体って自分なのかな?」

とか考えず、
その辺はもやっとひっくるめて
「自分は自分」と捉えていると思いますが
彼女はそのひっくるめが
薄いのかもしれません。。


原因は、推測でしかありませんが、

「外見」でいじめられたこと
父親からも、そのいじめを肯定されたこと

が1つにあるでしょう。

「『自分の』顔のせいで」

と思う方が「普段」だったからでしょう…


それがフランス人形を目指すところまで
行くのは、ご本人の気質が大きいと
思いますが…


多くの方が「自分」を
一番確実なものとして考えてますが、
よく考えるともやっとしていて、
あるときは「体」だったり、
あるときは「思考」だったり、
あるときはその両方その他だったり等、
意外にも、
時と場合によりけり、
その人その人によりけりで、
全然違うものを考えています。

さて「自分」とは…