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精神と物質のあいだ

哲学系ブログ。あたりまえの中にあるあたりまえじゃなさについて書いています。

人類皆不平等

こんにちは。ナナコです。

例えば、小さい頃からいろいろとうまくいかず、悩んでいる人がいるとして…

 

「過去は変えられない。自分が変わらないと、何も変わらない。」
と自分の考え方を変えることが最近の悩み解決方法のメインみたいですね。
これ実は、酷なことなのではないかしら。

「自分が変わらないと…」
ということは、今の自分のあり方の否定になってしまうわけで、結果苦しんでいる自分の苦しみをさらに増やすわけで…
というと、「自分が変わらないと…」のアドバイスを否定してるみたいだなぁ。あちらを立てればこちらが立たず。(´・ω・`)

「人類皆平等」が曲者な気がします。
「みんな同じ。だからあなたも変われる!」
「みんな同じ。だから私も変われる!」
同じ人間だもの。

「人はそれぞれ違う」というあたりまえが、ある面で通用するようになった代わりに、別の面で通用しなくなってきた気がします。「考え方はコントロールできる」と、「コントロールされている考え方」で考えていることに気づかないから、変わらない人に怒る。変わらない自分に怒る。

もういっそ、ガツンと「人類皆不平等」。
「あなたと私は全く違います。」で、いいんじゃないかなぁ。
「あなたの考え方は私に通用しないのは、あたりまえ。」
「私の考え方はあなたに通用しないのは、あたりまえ。」
同じ面があったら、奇跡に近い。
輪廻転生思想は生まれつきの不平等を認めています。でもこれ、意外とこの世の誰も否定しないで済むんですよ。
「前の人が悪かった。」
善いのも悪いのも「前世の人」だから。「前世で悪いことしたあなたが悪い」と、今世と前世がごっちゃになりやすいですけど。
あ、不平等があることを認識しつつ、それについての筋が通る理由付けがされているということだけであって、輪廻転生が本当かどうかは分かりませんよー!

その上で

〈善をなすものは善生をうけ、悪をなすものは悪生をうくべし。〉
(引用元:業 - Wikipedia)


というわけです。
善生を生きたいなら、善いことをしましょう。
非の打ちどころがありませんが、ところで善いこととは??

最近は「善悪」自体が、苦しみの素として悪者になってる気もしますけど、それすら結局「〈善悪〉という考え方は〈悪〉」という考えを「善」としているわけで、言葉を使う以上「善悪」からは出られません。

悩みはひとまず置いておいて、「善いこととは?」って考えることは、善いことなんじゃないかな~( ̄ー ̄)