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精神と物質のあいだ

哲学系ブログ。あたりまえの中にあるあたりまえじゃなさについて書いています。

あの扉は都会人が田舎者を見分ける扉ズラか?

こんにちは。ナナコです。

遅ればせながら(?)、妖怪ウォッチにはまりました(o^^o)
スティーブ・ジョーズって…笑

今回は妖怪ウォッチのアニメ第11話「コマさん~はじめての改札編~」の話を使って「本当のことは見えない」ということを書こうと思います。
※こちらのサイトにあらすじがあります。
アニメ 妖怪ウォッチ あらすじ 第11話 【コマさん~はじめての改札編~】 | もんげー!うぉっち

 

自動改札のことを知らないコマさんは、通ろうとした改札扉が閉まってしまったのを
「もしかしてあの扉は都会人が田舎者を見分ける扉ズラか?」
「オラが都会人じゃないってこと、見抜かれてるズラか?!」
「奴には勝てないズラ…」
と、勘違いしてしまいます。

もちろんギャグですが、日常を振り返るとこういうことって多かれ少なかれよくありますね。
例えば、間違いを指摘されただけなのに
「怒っている!この人はすごく怖い人だ!」
と感じ、その後その人を「怖い人」として見るとか、お店で丁寧に接客された。店員としては仕事として割り切って対応していただけなのに
「すごく優しい人だ!」
と感じ、その後その店員を「優しい人」として見るとか。。
アニメではコマじろうがいたからコマさんは勘違いだったことに気付けましたが、普段の日常生活で起こる勘違いは気付かないまま過ぎてしまうことも多そうです。

できれば勘違いなく生きていきたいところですが、命名すら「その物とそれ以外を区別する」という1つの解釈の結果です。物事を解釈せずありのまま見て日常生活を送るということは不可能に近いでしょう。私たちは本当のことはほとんど見ておらず、解釈の中で生きています。そもそも解釈を「本当のこと」と勘違いしているんです。

程度の差こそあれ、人はみんな自動改札にびびるコマさんと同じなのです~