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精神と物質のあいだ

哲学系ブログ。あたりまえの中にあるあたりまえじゃなさについて書いています。

「生きてる価値がない」なんてひどい!

こんにちは。ナナコです。

今回は「<私>は無意味に耐えられない」ということについて書いてみようと思います。

 

どうですかね?
「あなたは生きてる意味がない」
「あなたは生きてる価値がない」
こう言われたら。気分悪くないですか??

逆に「生きてる意味がある人」「生きてる価値がある人」ってどういう人でしょう。偉業を成し遂げた人、人の役に立っている人などでしょうか。

もうお亡くなりになっていますが、スティーブ・ジョブズ氏。
あの方、生きてる意味や価値があった人の1人ではないでしょうか?iPhoneはすっかり世界を変えてしまいました。
もし彼がいなかったら、iPhoneがこの世に存在しなかったら、この世はどうなっていたんでしょう……

いないなりの、この世になってたことでしょう。
それはそれで世の中進んでいってたことでしょう。

彼がもし存在しなかったとしても特に問題はないですね。とすると、彼に本当に生きてる意味や価値はあったと言えるのでしょうか。

すっごく失礼な感じの文ですね(^-^;)
でも、どんなに偉業を成し遂げた人でも、どんなに人の役に立っている人でも、存在しなかったらしなかったで、ただその人がいない歴史ができるだけです。
誰一人として生きてる意味や価値なんてありません…
すっごく失礼な感じの文ですね(^-^;;)

なんで「生きてる意味がない」「生きてる価値がない」という言葉は嫌な感じがするんでしょうか。
「私」が概念だからで、「意味」「価値」という概念が「私」にとってリアルだからでしょう。
私たちが言葉を使う存在である以上、ある意味本当に現実ではあるのですが…
「『意味がある』ということそのものに意味はない」
「『価値がある』ということそのものに価値はない」
というのもまた現実なのです。