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精神と物質のあいだ

哲学系ブログ。あたりまえの中にあるあたりまえじゃなさについて書いています。

「みんなでハグしましょう」の憂鬱

こんにちは。ナナコです。

スピリチュアル界の人たちは悟りを素晴らしいものとするけれど、人の最終目標のように言うけれど、人の価値観とは一切関係ないもののようにも見えます。

悟り状態を社会的に見た場合の負の面が表れたのは、ニーチェでしょう。発狂して病院へ入院させられたそうです。

「私が人間であるというのは偏見です。…私はインドに居たころは仏陀でしたし、ギリシアではディオニュソスでした。…アレクサンドロス大王カエサルは私の化身ですし、ヴォルテールとナポレオンだったこともあります。…リヒャルト・ヴァーグナーだったことがあるような気もしないではありません。…十字架にかけられたこともあります。…愛しのアリアドネへ、ディオニュソスより」

フリードリヒ・ニーチェ - Wikipedia

発狂した人は普通社会の表に出てこれません。だから多いのか少ないのか分かりませんが…

幸せになりたいなら、まっすぐ幸せを目指せばいいのに。幸せになるために悟りたい人たちって、ニーチェのような発狂状態になってしまうとしても悟りたいんでしょうか。
「みんな愛で出来ている。みんなでハグしましょう!ヽ(´▽`)ノ」
…こういう人いるけど、そこじゃないよ。