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精神と物質のあいだ

哲学系ブログ。あたりまえの中にあるあたりまえじゃなさについて書いています。

スピと金

こんにちは。ナナコです。
こちらのブログ
批判について:リーラ
批判について 2:リーラ
を読んで、いろいろと思うことがでたので、書いてみました。

 

禅やノン・デュアリティーについては、昔から語られていることであり、阿部敏郎さんが特別新しい何かを言っているわけではありません。
例えばこの本

ウパデーシャ・サーハスリー―真実の自己の探求 (岩波文庫)

ウパデーシャ・サーハスリー―真実の自己の探求 (岩波文庫)

 

 

善なるもの一なるもの―他一篇 (岩波文庫)

善なるもの一なるもの―他一篇 (岩波文庫)

 

ノン・デュアリティーについての本です。笑

彼の講演会、瞑想会等は塾みたいなものであり、なくてもいい贅沢品と言えます。

禅やノン・デュアリティーに関心があるけど、よく分からないという人たちがいる。そして、阿部敏郎さんは、それらについて、今風に表現する能力がある。「桃太郎」のお話を、性格が良い人から聞いても悪い人から聞いても同じように、彼が極悪人だろうがなんだろうが、彼の語りが好きだ、ぜひ彼から話が聞きたいという人は彼と関わり、関わりたくない人は関わらなければいいだけのような。。

講演会や瞑想会等について、例えば貧乏で、病気で、家庭もうまくいってない人が行っていたとしたら、多分、こんなに多くの人が興味を持つことはなかったでしょう。
お金や安定した生活等の現世利益を手に入れていて、見るからに幸せそうな阿部敏郎さんが行うから、そこに目がくらんだ人たちが多く集まる。そして、そのほとんどが話を聞いてるようで聞いていません。なぜなら、禅やノン・デュアリティー、瞑想を通して、彼のような生活を手に入れる方法を聞いているからです。彼らにとっては、禅やノン・デュアリティー、瞑想なんか、本当はどうだっていい。快適な生活が手に入りさえすれば。だから、それが手に入らないと不満を持つ…

阿部敏郎さんに起きたトラブルは、スピリチュアル界では起こりがちなトラブルな気もします。
よく聞く「絶対大丈夫。」「全ては完璧。」等の言葉。起こること以外は起こり得ないのだから、絶対大丈夫だし、全ては完璧。だけど、「絶対大丈夫(だから、状況は今後良くなる)。」「全ては完璧(だから、これから良いことが起こる)。」と、期待とともにこれらの言葉を受け取る人も多いでしょう。

感情的な言葉が多い分、取っつきやすくて、人気が出やすい。だけどその分、話の本質は見えにくいし、感情的なトラブルも多い。何千年も普及の機会がありながら、今のようなスピリチュアル系の普及形態が出なかったのは、出なかったというより、問題が多くて途中で立ち消えになっちゃったからかも??

※追記
と書きましたが、ぱっと見、浄土真宗が感情的かもです。ただし、

〔ただし、〕〈最上の覚りを求める心〉が呼び起こされることなく、彼の国の住人が快楽を終日享受していると聞き及び、その悦びだけを目的にして〈覚った方の国〉へ生まれ行くことを願う者には、〈清浄な国〉へ生まれ行くことは叶わない。

 

 

と釘刺してありますが。。